4 祖父の性行

 祖父の吉松さんは至って正直で、キレイ好きな人でありました。ただ一つ難病がありました。それはバクチ好きで、サイコロを懐からはなしたことがありませんでした。それがために、祖先伝来の上田も、山林ものこらず売払い、ただ百五十三坪の屋敷と破れ家と、三十三坪の買い手のない悪田が一つ残っただけでした。吉松さんは、死ぬ時もサイコロをはなさず、死んだらサイと一しょに葬ってくれといったそうであります。吉松さんは、

 打ちつ打たれつ、一代勝負、可愛いサイ(妻)子にこの世で別れ、サイの川原でサイ拾う、ノンノコサイサイノンノコサイサイ

と辞世を残して死んで行ったような、ノン気な人でありました。家内が困ろうが、借金とりが攻めて来ようが、相手さえあれば朝から晩までサイをころがしていたということです。

 こういう風ですから、先祖伝来の家屋敷もだんだんなくしてしまいました。そこで祖母の宇能子(うのこ)さんがおそるおそる諫めると、吉松さんのいうことがふるっているのです。

「お宇能よ、あまり心配するな、気楽に思うておれ、天道様は空飛ぶ鳥でさえ養うてござる。
 鳥や獣は別に明日の貯えもしておらぬが、別に餓死した奴はない。
 人間もその通り、飢えて死んだものは千人のうちに、ただの一人か二人くらいのものじゃ。千人のうちで、九百九十九人までは食い過ぎて死ぬのじゃ。それで三日や五日食わないでもメッタに死にやせぬ。
 ワシもお前の悔やむのを聞くたびに胸がヒヤヒヤする。けれどもこれも因縁じゃとあきらめて黙って見ていてくれ。止める時節が来たら止めるようになる。
 ワシは先祖代々の深い罪障をとり払いに生まれて来たのだ。一たん、上田家は家も屋敷もなくなってしまわねば、よい芽は吹かぬぞよと、いつも産土の神様が枕もとに立って仰せられる。
 一日バクチを止めると、その晩に産土さまがあらわれて、なぜ神の申すことを聞かぬかと、大変な御立腹でお責めになる。
 これはワシのジョウ談じゃない。真実真味の話だ。そうせなんだら上田家の血統は断絶するそうじゃ。
 ワシも子供ではなし、ものの道理を知らぬはずはない。やむを得ず、上田の財産をつぶすために生まれて来ておるのじゃ。
 大木は一旦幹から切らねば、若いよい芽は生えぬ。その代りに、孫の代になったら世界の幸福者になるそうじゃ。
 これはワシがムリをいうと思うてくれるな。とうとい産土の神さまのお言葉である」

 こういって吉松さんは産土の森の方にむかって拍手するというようなわけですから、宇能子さんもあきらめて、その後は一言も意見らしいことはいわれなかったということであります。