19 聖師と筆先

 話は元にもどりますが、聖師は二度目に大本に来られてから、本町の西村庄兵衛氏の離れ座敷で、筆先をしらべておられましたところ、どことなく不可解な箇所が日々に発見されてくるようで、筆先を絶対に信ずることが出来ませんでした。当時の煩悶を聖師は次のように書いておられます。

 「私は非常な煩悶をおぼえ、ついには神諭を見るのがいやになり、到底我々の信仰に適しないものと断定して、綾部の地を立ち去る考えをおこしておりますと、出口開祖様から、お筆先が出たから上田さんに一読を願いたいと、使いの人に持たせて送られましたから、また例のくだらぬ神諭じゃなと、心中いささか軽侮の念で拝読すると、上田は神界の経綸で神がひきよせたのじゃ、出口直の末子の澄子と神約がむすばれてあるから、出口家の世つぎとなって、大本の教えを開くべきものじゃ、との神諭であります。

 私はこれは全く開祖の神経で、こんなことを書かれるのであろう、と一笑に附しておりました。……おまけに、私が高熊山の修業中に、なんじ今後十年の間は修業の時機なり、大なる悪魔と戦い神の試験に合うべしと、神人より教えられたる先入思想が時々勃発して、開祖はいよいよ神人より教誡されたる悪魔に相違あるまい。万々一あやまって悪魔の捕虜となって開祖を信じ、かつ不可解至極の神諭を天下に流布して、多数人の霊魂を汚読し、迷妄に落すようなことがあっては、それこそ天地いれざる大重罪悪ではあると思われてならぬ。放火や殺人や強盗などは重罪ではあるが、その罪悪にはかぎりがあるが、思想上の犯罪は山野を焼く火のごとく無限である。折角結構な日本国に、しかも聖明の御世に生をうけたる幸福なる身魂でありながら、邪神の捕虜となり、大切なる大神様の御子まで邪道にみちびくようなことになっては、永遠無窮の大犯罪を重ねるので、この上の恐ろしきものはないと考えました。……」

 大本の歴史の上で、誰しもはじめ不可解に思うのは、筆先に「男子と女子との戦いで、世界にあることを大本の中で見せてある」という事実にぶつかった時でありましょう。

 この男子というのは、筆先に変性男子(へんじょうなんし)(女体男霊)とあって開祖を指したものであり、女子とは変性女子(へんじょうにょし)(男体女霊)とあって、聖師を指されたものであります。聖師の書かれた文章からみれば、開祖を疑い、筆先を疑って非常に煩悶されたことは明かでありますが、内心ひとり煩悶しておられたのではなく、開祖との間に神がかり状態で、はげしい争いとなってあらわれたのであります。

 神がかり状態が鎮まりますと、開祖と聖師とは実に仲がよく、開祖は聖師を頼りにされますし、聖師は開祖を大切にされました。