25 霊界物語の口述

 第一次大本事件が起ったことは、神の経綸によるものだということは出来ましょう。しかし、それは神の大慈大悲の御眼から御覧になられた上の観方であって、人間としていうべきことではないのであります。大本の役員信者としては、この事件によって反省しなければならないのであります。

 大本事件の原因は上述して来た通り、いろいろな原因をあげることが出来ますが、その原因の一つとして大本神諭の解釈の問題があったと思います。

 もともと開祖の筆先は平仮名で卑近に表現されているもので、どんな人にも理解し得られるのでありますが、それは読む人々の心相応にとれるのでありまして、その真意を汲みとることは、神心にならなければできるものではありません。

 ちなみに「筆先」と「神諭」との区別を申しますと、開祖が書かれた神示を「筆先」といい、その筆先を聖師が調べて発表されたものを「神諭」とよばれているのであります。

 開祖の筆先の真解者は聖師であることは、筆先の中に明かに示されているのですが、大正十年の事件前までは、役員信者が各自独断的な解釈を下していた時代であります。

 これはひとり大本ばかりでなく、すべて宗教の教典が正しく理解されていれば結構でありますが、一つ解釈を誤った場合には多くの人々をまどわし、時には社会に害毒を流すことさえあるのであります。

 大本においては神諭の解釈について、いろいろな問題が起ったことがあります。開祖の筆先に「道の中ほどを歩いてくだされよ」という意味の筆先がありますが、或る信者は、神様が道の真中を歩けといわれるからといって、大手をふって往来の真中を歩いて行ったという話があります。向うから牛車が来てもどかないので、牛車をひいている人が、これは気ちがいだと思って道をよけると、その信者は得意になって「どうだ、やっぱり神様のおっしゃる通りにしておれば、牛車の方が道をよけてしまう」といって威張っていたということです。こんなのは罪のない脱線で、まだ笑い話ですますことは出来ますが、事柄によっては、笑い話ですますことが出来ない場合があります。

 筆者はかつて神諭に国祖国常立尊が隠退され「口惜し残念をこばりておりた」とか「今に艮の金神が返報がえしをする」とかいう意味のことが示されていましたので、その意味について聖師におうかがいしたことがありました。いやしくも国祖ともあろう神さまが、自分を押しこめた神々に対して報復するというようなことが、どうも合点がいかなかったからであります。その時、聖師は「わしは今にみんなを喜ばして返報がえしをしてやるのだ」といわれました。なるほど神諭は人間心では、わかるものではない、神心にならなければ、解釈することのできるものではないと、しみじみ思わしめられました。「返報がえし」といえば、われわれは直ぐにカタキをうつような意味にしか、とらないのであります。地獄的な意志想念をもって神諭をいただけば、それ相応にしかうけとれないので、たとえていえば、ちょうど鏡のようなものであります。鏡にむかう時、そこに映るものは自分の姿であります。神諭には自分の心の姿が映るのであります。

 聖師は大本事件によって京都未決監に収容されていましたが、責付出獄となって百二十六日ぶりで綾部に帰られました。そして大正十年十月八日(旧九月八日)「明治三十一年の如月[※2月]に神より開示しおきたる霊界の消息を発表せよ」という神命によって、いよいよ十月十八日から「霊界物語」の口述を開始されることになりました。

 聖師は二十八歳のとき、郷里の高熊山で御修行中に見聞されたことを、記憶より呼びおこして口述されることになったのであります。この物語は聖師が大本に入られ、明治三十二年七月から明治三十三年八月にかけて一度筆をとり、二三の熱心な信者にのみ閲覧を許されていたことがありますが、当時聖師に反対する人々によって焼きすてられてしまいました。その後、大正十年「神霊界」誌の二月号、三月号に一部が発表されました。

 物語は普通聖師の口述されるのを、そばに数名の筆録者がいて、これを交替に筆記するのであります。口述は聖師が床に横たわりつつ行われるので、手もとに参考書も何もあるわけでなく、霊感状態とでもいうのでありましょう、こんこんと泉の水が湧き出づるように進められて行きました。最も速い時には、四六判三四百頁の書物が、わずか二日で口述されたものであります。

 口述は十月十八日から綾部町並松の松雲閣で始められましたが、ちょうど十月二十日から本宮山の神殿が、当局の手によって破壊されることになり、京都から数十名の警官と五十余名の人夫が来て破壊蹂躪しました。聖師は神殿破壊の物すごい音を聞きながら、松雲閣の一室で「霊界物語」の御口述を進められたのであります。

 この書物は大本神諭の真解書ともいうべきもので、大部分は物語の形式でのべられたものであります。霊界物語の霊界とは霊妙な世界の物語という意味で、顕(現実界)、幽(地獄界)、神(天界)の三界を総称していったものでありますから、現世のことも記されております。この霊界物語が最後の審判書であります。

 聖師は「最後の審判は、閻魔大王が罪人を審くと同様なる形式において行わるると、考えている人が多いようだが、それは違う。天国に入り得るものと、地獄に陥落するものとの標準を、示されることである。その標準を示されて後、各自はその自由意志によって、自らえらんで天国に入り、あるいは自ら進んで地獄におつる、それは各自の意志想念の如何によるのである。

 標準とは何か。霊界物語によって示されつつある神示そのものである。故に最後の審判は、大正十年十月より、既に開かれているのである」と示されております。

 霊界物語は全八十一巻、「霊主体従」(十二巻)、「如意宝珠」(十二巻)、「海洋万里」(十二巻)、「舎身活躍」(十二巻)、「真善美愛」(十二巻)、「山河草木」(十二巻)、「天祥地瑞」(九巻)にわかれ、量の上からいっても、世界における著述の中でも稀にみる大部のものであります。

 その内容にいたっては、天地剖判から人類の発生、神界の組織経綸、神界の葛藤、悪魔の陰謀、国祖御隠退の経緯、救世神の御活動、神と人との関係、死後の生活、人生の本義、愛善信真の大道、みろくの世の建設、政治、経済、教育、芸術、科学の大本など、人類にとって必要欠くべからざる教が、物語の形式によって示されております。聖師はこの物語においてわれわれにむかって説示せられるのに、直接「こうせよ」「こうするな」とは命令しておられません。われわれは聖師の示された形式に従って、素直に考えて受けとればよいのであります。現代人はいわゆる「お説教」には反感をもつものであります。

 キリストがいま生きていたら、きっと面白い小説を書くであろうといった人がありますが、聖師は教典に立派な芸術的表現を与えられたのであります。それ故、敬虔の心を持して読ましていただくならば、人々にとってこの上もない霊性の糧であり、霊感の源泉となる神書であります。